地域との共生を通して 「どう生きていくか」を 考え、語れる人に/石渡尊子教授
- 百花繚乱
- 【百家結集】16. 能祖將夫先生
芸術の価値を育み
個人を超えた
社会の力へ
芸術文化学群
学群長
能祖將夫 教授
劇団四季からキャリアをスタートし、長年にわたり演劇畑を歩んできた能祖將夫先生。数々の公演や演劇祭をプロデュースしてきた経験を生かし、芸術文化学群の学群長として学生たちを指導します。東京ひなたやまキャンパスを拠点に見据える、地域に根差した演劇教育について聞きました(聞き手:桜美林大学 畑山浩昭学長)。
劇場を立ち上げ
話題作を続々プロデュース
畑山:「芸術文化学群」は、「演劇?ダンス」「音楽」「ビジュアル?アーツ」という3分野に分かれ、未来を担うクリエイターになるべく、学生が切磋琢磨しています。学群長として舵取りをされる能祖先生は、社会人生活の始まりが、「CATS」や「ライオンキング」で有名な「劇団四季」だったそうですね。
能祖:大学時代、ユル~くではありましたが劇団を主宰していましたので、「演劇の世界に行きたい」と考え、入社しました。「劇団四季」では営業部と映画放送部でまず2年間、修業を積みました。ちょうど「CATS」が、日本初の「無期限ロングランミュージカル」として開幕した頃です。社長の浅利慶太さんから直接、「演劇は、やるのも、観るのも、テーマも人間だから、人間のことがわからないと演劇はできない。人間の勉強をしなさい」と言われたのが強く印象に残っています。その後、1985年に東京?渋谷に「青山劇場」「青山円形劇場」が開館するにあたり、「劇団四季」が関わることになって、「興味があるなら行かせてやるよ」と。そんなわけで両劇場の立ち上げから関わることになりました。
畑山:劇場のプロデューサーとして、どんな日々を送っていたのですか。
能祖:「やりたい企画を、やりたい人がやる」という環境で、手を挙げたらプロデューサーをやらせていただけました。1960年代に唐十郎さんや寺山修司さんたちが始めた「小劇場演劇」が、80年代になって、ちょうど盛り上がりのピークを見せていた時期です。しかも、この時の表現者たちは30歳前後で僕と同世代なんですね。だから「同世代の表現を紹介したい!」と考え、小劇場演劇を紹介する「青山演劇フェスティバル」を立ち上げ、新しい劇団たちをフェスティバルに取り込んでいきました。
畑山:どんなテーマがトレンドだったのですか?
能祖:劇団をただ集めるだけではなく、こちらで設定したテーマに沿って新作をつくってもらったんです。1987年に始めて、僕が劇場を去る2001年まで続けました。テーマとして特徴的だったのは、例えば1994年の「女子高生」。ルーズソックスやコギャルなどの女子高生文化がムーブメントになった頃で、フェスティバルはかなり話題を呼びました。また、別役実さんという劇作家の巨人をテーマにした1997年には、これまで新劇系の劇団でよく上演されていた別役さんの戯曲を、小劇場の若手に演出してもらいました。今、日本の演劇界を引っ張る平田オリザさん、ケラリーノ?サンドロヴィッチさん、宮沢章夫さん(故人)が、まだ若手と呼ばれていた頃です。「不条理演劇」の第一人者で、哲学的でどこか小難しい側面のある別役さんの世界を、笑いの文脈の中で斬新に読み解いて、大きな反響がありました。観に来られた別役さんご自身が、楽しそうに大笑いしておられたのが忘れられません。
対照的な二つの地域で
市民参加型の演劇を主導
畑山:能祖先生が手がけた作品のなかで、「音楽劇 銀河鉄道の夜」も話題になりましたね。
能祖:青山劇場の開館10周年記念として1995年に初演して、僕はプロデューサーと脚本を担当、演出は白井晃さんにお願いしました。「銀河」を選んだのは、あの世界観がシンプルに好きだったというのが正直なところです。劇作にあたりただ物語を追い掛けるだけでなく、「いまを生きる人たちの思いの乗った、いまを生きる人たちのための銀河鉄道」にしようと考えました。2020年には白井さんが芸術監督を務めていたKAAT神奈川芸術劇場で新生再演しています。それと、実はこの銀河が、僕の中では2007年から本学で毎年行っている「群読音楽劇 銀河鉄道の夜」につながっているんです。長い銀河の旅です。
畑山:哲学?思想として、演劇と賢治の世界は相容れるものが多々あるように僕も思います。その後は、どんなキャリアを重ねてこられたのですか。
能祖:時代はちょうど新世紀を迎え、世の中も人間も、そして僕も変わらなければ……という時期に、ニつの新設劇場の準備室から声をかけていただきました。一つは茨城県美野里町(現?小美玉市)。もう一つは北九州市。人口約2万5千人の美野里では芸術監督として、人口約100万人の北九州では劇場プロデューサーとして、オファーを同時にいただいたのです。どちらかを選ぶという選択肢もありましたが、「これだけ人口や予算、そして使命の異なる劇場に、同時に携わるのはちょっと面白いかも」と考え、両方お引き受けしたんです。
茨城では、コンセプトとして「住民参加」を立ち上げました。企画の段階から住民が、市民が関わっていく。芸術監督だからといって、トップダウンで決められるわけではなく、市民との話し合いを経て決めていくんです。
畑山:芸術の側から積極的に働きかける、いわゆる「アウトリーチ」を徹底されたのですね。
能祖:はい。こけら落とし公演では、市民によるミュージカル劇団を立ち上げました。北九州でも同様に、市民参加型を実践しました。合唱と演劇がコラボレートした「合唱物語」という新しいスタイルの作品も初めてつくりました。プロと老若男女の市民が共同でつくっていく。いろんな世代の人たちが一丸となって、無我夢中でつくる醍醐味を、身をもって経験してほしい、そう考えたのです。アウトリーチということで言えば、総務省の外郭団体が手掛ける音楽アウトリーチ事業のコーディネーターを20年ほどやらせていただいたのも大きな財産になっています。クラシックのアーティストや日本各地のさまざまなホールの人達との出会いで得たものは計り知れません。
演劇教育に尽力し
地域との連携を
畑山:2001年からは本学で教鞭をとっておられます。きっかけは。
能祖:平田オリザさんに誘われたんです。平田さんが芸術文化学群の前身の文学部総合文化学科を立ち上げた時、「手伝ってほしい」と。桜美林の学生は、生き生きと、自分の好きなことを追い掛ける。当時は、施設が今のように充実していませんでしたが、いろんな工夫をしながら実践に結び付けていく印象がありました。
畑山:最初は座学中心だったのが、先生たちのご尽力で、みるみるパフォーマンスを上げて、一つの「学群」として仕上がるに至りました。2021年から学群長に。
能祖:今までは「演劇?ダンス専修」をどう盛り立てるかに注力してきましたが、今は3専修すべてに目配りし、「芸術文化学群」という大きな船の船長として舵取りをしている思いです。どちらの方向に進みたいのか、発信し、提案し、そして実現しなければいけません。気の引き締まる思いです。
畑山:つい最近、地域住民も参加し学内で上演された合唱?演劇の融合舞台「合唱物語 石ころの生涯」では、深い余韻を残して大成功をおさめられました。能祖先生は「コラボレーションがとても大事だ」とおっしゃっていましたね。芸術文化学群は、これから現代社会とどう向き合い、共鳴していくのでしょう。
能祖:コロナ禍で、芸術の価値とは何かを考えさせられる時期がありました。例えばドイツでは、政治家が「芸術家は必要不可欠なだけでなく、生命維持に必要だ」と発信しました。一方、日本では音楽、演劇などの芸術は「不要不急」なものとして叩かれた場面がありました。芸術がどんな力を持っているのかが、いま、問われ直されていると思います。
それを考えていく上で、実は(芸術文化学群の位置する)「東京ひなたやまキャンパス」が、「木曽山崎団地」という大規模団地のエリアの一角に位置していることに大きな意味があるような気がするんです。団地は、少子高齢化の波をもろにかぶった、日本の象徴?縮図のような様相を呈しています。私たちの信じる芸術が、個人を超えて社会に力を持つのであれば、この環境の中で何ができるか、学生と一緒に探っていけたら面白いと考えています。そしてこれからも「合唱物語 石ころの生涯」のような3専修の領域のコラボレーションにも取り組んでいきたい。それができるのは桜美林だけのような気がします。
畑山:地域に根差す。ここでもキーワードになってくるのですね。能祖先生は、「芸術は私を生かす。私の芸術は社会を活(い)かす」という言葉を、つねづねお話しされています。その心とは。
能祖:各自が学んだことを、世のため、人のため、社会のために活かしていく。これまで、芸術に携わる人には、どうしてもまず「個人の思い」が先にありました。「言わずにはいられないこと」「表現せずにはいられないこと」を、表現していく。その側面のみで語られてきた。(そのモチベーションは)勿論、絶対に大切なことですが、それだけではなく同時に、「社会に対してどう関わっていくのか」も大切だと思うのです。ニつの視点を、学生時代の間に身につけてほしい。一般企業に就職したとしても、きっと役に立つ視座だと思います。
そして僕個人としては、作品をこれからもつくり続けていきたい。舞台芸術もそうですが、しばらく遠ざかっていた詩作に、再び取り組んでいこうと思っているところです。
※この取材は2022年11月に行われたものです。
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