年間聖句
「互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。
主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。」
(新共同訳)コロサイの信徒への手紙 3章13節
「また互いに忍びあひ、若し人に責むべき事あらば互いに恕せ、
主の汝らを恕し給へる如く汝らも然すべし。 」
(文語訳)コロサイ人への書 3章13節
まず、「互いに忍び合い」とは、英語で“bear with each other”(互いに耐え忍ぶ)となりますが、何かを我慢するということではなく、相手の弱さや欠点をよく理解しながら関係を保つことを意味します。そして、「赦し合いなさい」とは、一見同じことを言っているようにも見えますが、実はここがこの聖句を理解するポイントです。「赦し」はキリスト教の中心的な概念です。キリスト教では、イエス?キリストの十字架の死によって神の赦しが実現したと考えます。赦しは人間の努力によって勝ち取るものではなく、神の恵みによって与えられます。悪事などが帳消しにされるということではなく、赦しは神との関係において私たちを謙虚にするものです。この赦しに例外はありません。一部の人が特別扱いされるとか、勝ち組と負け組に分かれるとか、人間が二分されるようなことはなく、みんなが神の前でフラットです。この前提の下で初代のクリスチャンたちは共に神に礼拝を捧げました。そして、互いに赦し合う根拠はどこにあるのか?それは相手の態度によって赦すのではなく、「主があなたがたを赦してくださったように」とあるように、人間は誰もが神に赦された存在だという理解が聖書の根底にあります。その赦しを受けた者は、同じ赦しを他者に示して行くのです。自分たちが神の恵みの連鎖を生み出す者となるのです。
今の世の中では自国中心主義や民族主義に代表されるような不寛容な主張やものの考え方が目に付きます。法の下での平等をあざ笑う政治家や富豪もいます。インターネットも分断社会をあおります。違いを認め合って対話することが難しくなっている現代においてこの聖句は大きな意味を持ちます。桜美林学園創立者清水安三は国家主義?民族主義?帝国主義が高まる時代にキリスト教に出会いました。そして、赦し合いの精神に根差した信仰を携えて中国へと渡り、多くの中国人や朝鮮半島出身者に信頼される人となりました。激動の時代の中で赦し合いの精神を実践した先達者たち。桜美林学園は、創立者たちの歴史にみる謙虚で愛に満ちた精神を引き継ぐ学び舎として、ここで学ぶすべての若い皆さんに赦し合いの精神からくる誠実で力強い歩みを願っています。
年間聖句とは
この学園に連なる者たちが一年間を通して指針とすべき聖書のみ言葉です。 連なる者とは、今、学園で学ぶ園児?生徒?学生はもちろんのこと、そのご家族、卒業生、そして教職員も皆、桜美林に連なる一人ひとりとして神は常に御守りの内に置いてくださっています。そして、私たちが授けられた命を輝かせ、世の光となること願っておられます。時には道を見失い困難な場面に立ちすくむことがあっても、み言葉は常に私たちの行く手に新しい扉を開いてくれます。この聖句を心に掲げて、2026年も希望をもって歩み続けたいと願います。
創立者愛唱聖句
「為ん方尽くれども希望を失わず」(文語訳)
コリントの信徒への手紙二 第4章8節
「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、
途方に暮れても失望せず」(新共同訳)
出典は初期キリスト教の伝道者パウロの手紙です。キリストの使徒であるとの自覚をもったパウロもその布教活動では多くの困難を体験しました。鞭打たれたこと、石を投げられたこと、難船して海上を漂ったこと、盗賊に襲われたこと、飢え渇いていたこと、裸で凍えていたこと、等々の体験をしました(『コリントの信徒への手紙二』11章)。このようなパウロの言葉だからこそ、学園創立者清水安三の生きる支えとなったのでしょう。心血を注いできた北京崇貞学園が「終戦三か月後」(1945年11月)に北京政府によって接収された時に安三先生は、この言葉を思い起こして再起し、帰国して桜美林学園を設立したのです。そして、「再起再出発を私は身をもって諸君に教えるのである。諸君が将来世に出て、事業に挫折しても商売に失敗しても、自殺などするでないぞ。家族心中なんてもってのほかだ。挫折したらもう一度立ち上がればよい」と書いています。(『石ころの生涯』395頁以下)。
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