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「学びのビュッフェ」と
「探究」の精神で
現代社会の課題に挑む

リベラルアーツ学群

種市康太郎 教授


学内最大規模のリベラルアーツ学群を束ねる学群長に就任した種市康太郎教授。「学びのビュッフェ」と評するダイナミックなプログラムと、その中心にある「探究」の精神、そして自らの研究分野である「職場のメンタルヘルス」について語ります(聞き手:桜美林大学 畑山浩昭学長)。

働く人の心理支援に大学院生時代から従事
年間50回の講演も

畑山:リベラルアーツ(LA)学群は、各分野の専門性を深めるのと同時に、幅広い学問に触れ、学際的思考を身につけることを目指しています。種市先生は、この春から学群長に就任されました。ご専門は心理学ですが、この道に進まれたきっかけは。

種市:高校生のとき、友だちとショートムービーを撮ったりしているうちに、演劇や映画の制作に憧れ、それらの活動が盛んな早稲田大学を目指しました。ところが、浪人中に「自分は芸術分野にあまり向いていないのでは」と思い悩み、通っていた予備校の職員に相談したんです。その人が心理学を学び、カウンセリングにも取り組んでいることを知り、自分も目指してみたいと思いました。芸術に触れること自体は変わらず好きだったので、大学入学後はもっぱら学内のテント小屋で演劇を鑑賞していましたし、ラグビーのサークル活動にも打ち込みました。

畑山:現在、講演活動が年間50回を数えるほど、種市先生は日本全国からお声がかかる存在です。心の健康に関する本もたくさん書いておられます。さぞ多忙な毎日を送っておられるのでは。

種市:私の専門は「職場のメンタルヘルス」で、働く人たちのストレスとメンタルヘルスを研究するとともに、産業現場での心理支援を行っています。職場のストレスが原因で休職?退職する事例は後を絶ちません。その予防?対策のための研修やコンサルティングに従事しており、企業や官公庁の職員向けの研修を引き受ける機会もあります。

人事担当者向けセミナーでの講演。

そもそも、学部?大学院時代の恩師が自動車メーカーの研究所と、建設会社の2カ所でカウンセリング業務を担当しており、最初はそこに弟子入りする形で研究活動を始めました。社員へのヒアリング、カウンセリング、ストレス調査など、研究といっても、かなり実践的な活動で、大学院入学直後から大学の助手の勤務を終えるまでの約8年間、取り組んでいました。その後は、医療機関で復職支援を行いながら、聖徳大学で教壇に立っていました。

畑山:外部の団体や企業などからは、どういう要望が多いんですか。

種市:「管理職の教育をしてほしい」「ハラスメントをする一部の管理職を何とかしてほしい」という声が多いです。2011年の東日本大震災のときには東北4県を回って、事業所の支援に従事してきました。働いている人たちは、震災でどんな被害を受けていても、職場に来ると口に出さずに我慢している例が多いんです。そこに、どうアプローチしていくかが課題となっていました。

左:マレーシアで開催された国際学会でのポスター発表
右:第27回日本産業ストレス学会において、産業ストレス領域の研究および実践において優れた業績と、学会の発展への貢献が評価され「奨励賞」を受賞(写真左)

試行錯誤や「味見」もできる
リベラルアーツ学群の学び

畑山:アカデミックトラックを維持しつつ、外部との繋がりをつねに持っておられるのですね。そして桜美林大学では2008年から教えていらっしゃいます。LA学群は現在、学内最多となる約4000人の学生を抱えていますね。

種市:日々会うのは一人ひとりの学生ですので、規模を実感することはなかなか難しいですが、リベラルアーツは一つの生き物みたいなものなので、良い意味で学群のカタチをどんどん変えていきたいなと思っています。人数が多いぶん、いろいろな考え方がありますので、それぞれの意見を集約しつつ進めていきたい。これまで講師として管理職研修を行ってきましたが、学群長という責任者になった今、研修で言ってきたことがすべて自分に跳ね返ってきている気がしています(笑)。

畑山:そこは僕も共感するところがあります。種市先生はLA学群を「学びのビュッフェ(buffet)」と評していますね。とても素敵な言葉だと思いますが、詳しく教えてもらえますか。

種市:一般的な学部や学科は、いわば「専門料理店」のようなもので、一つのカテゴリーの料理を堪能できる一方で、他の料理を味わうことがなかなか叶いません。これに対し、桜美林大学のLA学群には4領域30のプログラムが用意されていて、料理店に例えるなら、さまざまなメニューが並ぶ「ビュッフェ」形式のお店と言えると思います。

興味のあるものを複数選んで味見して、メジャー(主専攻)?マイナー(副専攻)を決めるのは、しばらくしてから(2年秋学期)で構いません。これを「レイト?スペシャリゼーション(late specialization)」と呼んでいるのですが、学びにおける試行錯誤や、「行きつ戻りつ」をする自由が許されているのが最大の魅力です。

畑山:1年生のときに、学生に対しどのようなガイダンスをするのですか。

種市:今まで自分が取り組んでいなかった、あるいは知らなかったことに対しても、好奇心を持って一歩踏み出してみようと訴えています。はじめから学びたい分野が決まっている学生に対しても、一つの方向だけ見ずに、多角的に考えることが大事だと伝えています。よく「スイカの切り方」で例えるんですね。スイカは切るとき、縦に切る人が多いですけれども、横に切ると種の見え方が違ってきますよね。じつは横に切って次に種に沿って切った方が、種が1カ所にまとまっているから種を除去しやすいというメリットがあります。

畑山:なるほど、「切り口を変えてみる」ということですね。

種市:自分が思い込んでいる方向だけで考えるのでなく、切り口を変えてみることによって、現れてくるものもだいぶ違う。自分がやりたい分野とは別の分野をマイナーという形で履修することによって、学びが広がってきます。LA学群では、人文領域、社会領域、自然領域、統合領域の1000を超える科目の中から、自分に合った学びを見つけ出していくことができます。メジャー?マイナーの組み合わせは610通りもあります。

畑山:リベラルアーツをうたう大学は他にもありますが、本学のLA学群はスケールが違いますね。「学びの大海」に向かってドーンと船を出していくような。教員と学生がコミュニケーションをとり合い、どの方向へ船を出すかを調整し、学びを組み合わせていくイメージです。

LA学群ではもう一つ、地域社会の中で学びを実践しながら社会貢献に生かす「サービスラーニング」に取り組む学生が多いそうですね。

種市:例えばキャンパスのある東京?町田近辺の子ども支援施設に通うことで、机の前で学んでいたことと支援の現実とのギャップを感じ取って帰ってくる学生もいました。現場の人たちと関わることで、学生自身が成長していく様子を多々、目にします。1年生の頃には引っ込み思案だった学生が、社会人のような振る舞いで後輩学生たちに話している姿を見ると、感慨深いものがあります。

複数の領域やプログラムを組み合わせ
社会課題にアプローチ

畑山:それは本当に素晴らしいですね。ところで先ほどお話しされたLA学群の4領域のうちに「統合領域」がありましたが、具体的にはどんなプログラムで構成されているのですか。

種市:統合領域は13のプログラムを包摂しています。「環境学」「地域デザイン」「多文化共生」といった、現在の社会で課題となっている分野などを学ぶプログラムで、他の人文?社会?自然の各領域のプログラムとも組み合わせることで、新しいものを生み出していくというアプローチが想定されています。例えば「環境学」は自然の観点からはもちろん、倫理?哲学、経済、政治などの観点からも考えられます。近年注目されるSDGsも、複数の分野から考える必要のある課題です。

畑山:テーマやトピックをベースに、複数の分野から課題に取り組むのですね。高等学校では2022年度から「探究」の授業が始まりましたが、それに取り組んできた高校生が大学に進学する時期にさしかかります。

種市:LA学群では1年次にサービスラーニングの入門的科目があり、地域に出て学びます。3年次には、専攻演習のゼミに在籍しながら自分の研究課題について探究するか、「探究サービスラーニング」という科目を取るかを選択し、主体的な学びを深めていきます。私は現在のカリキュラムを創設するところから約7年間関わってきました。時代の変化もありますので、基礎の学問分野は残しつつ、次に何が必要か、社会には何が求められているかを考え、さらに新しいプログラムを生み出していくことも検討していきます。

畑山:種市先生のリーダーシップでLA学群は今後も大きく変わっていくことでしょう。最近の研究活動についてもお聞かせいただけますか。

種市:コロナ禍で働き方が変わるなか、テレワークをしている人たちのメンタルヘルスを研究しています。わかったのは、上司と部下の関係性の中で、遠隔で働く人たちの方が、上司の「悪い影響」を受けやすいということです。例えばコミュニケーションが苦手な上司の場合、対面で働くケースよりも部下のモチベーションが下がることがわかりました。遠隔で働く人は、より慎重に相手の気持ちを想像しなければいけない。そのことが調査結果からわかっています。

畑山:私もオンライン会議の際には、細心の注意を払うようにしないと。

左:働く人のメンタルヘルスを支える心理専門職に求められる知識、技能、態度について解説した共編著『産業心理職のコンピテンシー—その習得、高め方の実践的?専門的方法』(川島書店)
右:個人と組織の幸福度を高め、成長を促す人材マネジメントの手法を提案する共著『人事のためのジョブ?クラフティング入門』(弘文堂)

種市:あとは、50代?60代の人たちが、いかにやる気を持って働けるかというテーマです。定年延長などで長く働く人が増える中、やる気をなくしてしまう人が多いと言われています。ところがその一方で、「エイジングパラドックス」といって、高齢期に身体機能などが低下するにもかかわらず、幸福感は低下しにくいという現象も明らかになっています。これらの相反する例が指すものとは何なのか、個人差はあるのか、そんなところに興味関心があります。

畑山:それは私も非常に興味があるので、先生の研究結果を待ちたいです。早く本を書いて下さい(笑)。LA学群の未来とともに、楽しみにしています。

文:加賀直樹 写真:今村拓馬

※この取材は2024年6月に行われたものです。

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