「まったくの他者」の物語を通じて自分や社会を見つめ直す/鐘下辰男 教授
大学院で物理学を修め、広告代理店で長年マーケティングに携わった経験を持つ西山守准教授。「バズる」と「炎上」が紙一重ともいえる現代社会で、ビジネスマネジメント学群の学生たちに伝えたいこととは。自身が重んじる、コミュニケーションの原点について聞きました(聞き手:桜美林大学 畑山浩昭学長)。
理系で培った分析力を
広告マーケティングに生かす
畑山:西山先生は、大阪大学の工学部応用物理学科(当時)を卒業し、東京大学の大学院理学系研究科で修士課程を修了されたのですね。
西山:はい。その後、大手広告代理店に 19年勤め、2021年に桜美林大学に来ました。もともと理系で、研究者を目指していたのですが、研究一筋の道はなかなか狭く、しかも深く……。その反動で、「広く世の中に伝えることをやりたい」と考えるようになり、メディアや広告の道に進むことにしました。けれども広告の業界は当時、理系の人間が馴染める世界ではなかったんです。ただ、その後デジタル化が進み、SNSも登場して、いろいろなデータを活用できる社会へと変容してきました。理系の分析力を生かせるようになってきたのが、ここ 20年ぐらいのことですね。
畑山:広告代理店の会社員時代は、どんな仕事を手がけておられたのですか。
西山:広告の背景にあるマーケティング戦略を立てたり、SNSの口コミに目を向けたりしていました。口コミから、企業や商品がどう語られているかを研究し、改善策を提案していきます。顧客が情報発信をするようになり、「その声を聞こう」という動きが出てきた頃でした。ただ、それを単純に見るのではなく、データとして分析する手法を開発した……と言うと言い過ぎですが、当時あったノウハウを広告の世界にうまく当てはめていく研究をしていました。
具体的には、「テキストマイニング」という既存の手法を応用しながら、口コミを分析するツールを開発しました。口コミを自然言語処理し、頻出語や特徴語を抽出し、口コミの数がどのぐらいあったか、どんな中身だったのか、などを調べます。一つひとつ見ていくのは大変ですが、このツールでは全体としてマッピングし、「どういうトピックが語られているのか」を俯瞰するんです。
畑山:口コミというと、例えばレストランに食事に行き、 「〇〇が美味しかった」といったようなものですか。
西山:そうですね。私が研究していた2000年代の媒体はブログが主流でしたが、飲食店や化粧品などに特化した口コミサイトも見ていきました。100個、1000個の口コミをどう俯瞰していくかということを構造的に分析しました。
畑山:「データサイエンス」で最も重要かつ困難な仕事は、データを「使えるように整理整頓する」ことだ、と聞いたことがあります。まさに西山先生の「テキストマイニング」と関わってきますね。かなり先駆的です。理工系ならではの発想だと思います。ロジスティックス(仕組み)はご自分で考えたのですか。
西山:既存のさまざまな定性調査や、インタビュー調査を解析する手法を応用しましたが、実際はけっこう大変でした。理工的な発想だけでもダメで、結果が出てきた時、それをどう読み解き、広告戦略に生かしていくかが大事。となると、アートや感性の部分も必要になってきます。理系で培ってきたものと、「研究者とは違ったことをやりたい」と思っていた思考が、そこでやっとうまくマッチングしました。
発信するためには
まず相手の声を聞くことが大事
畑山:まさしく、今さかんに唱えられる「文理融合」の実践例ですね。ところで、ネットが普及してから、商品やサービスのプロモーションに投下するお金の出し方は、変わったのですか。
西山:変わった、といえば変わったのですが、そのルールがいまだに見いだせてないないのが現実です。SNSやインターネットの広告が増えていますが、何割を従来のマスメディアに配分し、何割をインターネットに配分していけば良いか、投下した広告に対し、どのぐらいの効果や売り上げがあったのか、といった理論って、実はまだないんです。
例えば、口コミの量と商品の売り上げに関係はあるのか。相関するならば、「口コミを増やせば商品の売り上げも増える」みたいに言えれば良いのですが、その解明が難しい。もっとも、そこが面白いところだとも思うんですけど。
畑山:企業が望む通りに顧客が商品を使う保証もなく、思いもよらぬ使い方をして、それをSNS に上げて反響を呼ぶ、なんてことも起こっています。そんな例も西山先生は追っておられるのですか。
西山:まさにそのようなことを、かなり早い段階から追ってきました。企業に「実はこの商品って、こんな意外な感じで語られているんですよ」と伝えると、「えっ、そうなんですか?」と驚かれたりして。それをヒントに、新たな戦略をいろいろと立てました。
畑山:例えば桜美林大学を「グローバルな大学」であると打ち出しても「のんびりして良い学校です」と捉えている学生もいたりします。自分たちの提供する価値が、必ずしもその通りに社会に受け取られているとは限らない。課題ですね。
西山:送り手と受け手のギャップは本学に来てからも意識しています。「大学の教育」という観点で私が工夫しているのは、学生に「わかる」「面白い」と思ってもらえるような授業を意識することです。それには広告業界で培って、SNSの口コミを見てきた発想が役立っていると思います。
畑山:西山先生が時々おっしゃっている、「ソーシャルリスニング」とは、どういうものですか。
西山:SNS上の口コミから、消費者の気持ちや考えを探っていくことです。相手の話すことを聞いて答えていくのが、本来のコミュニケーションだと思うのですが、それがSNSの出現によって、「1対1」ではなく、多くの人と同時にコミュニケーションできるようになった。その一つひとつの声を聞いた上で、自分が何をすれば良いのか、どういう情報を発信していけば良いかを考えましょう、という発想です。
右:広告に関する古今の資料を収蔵する「アドミュージアム東京」を学生たちと訪問
炎上してしまったら
コミュニケーションの原点に立ち返る
畑山:ちょうど SNSの話が出ましたが、ビジネスマネジメント学群の西山先生のゼミでは、学生と一緒に発信しているコンテンツがあるのですよね。
西山:はい、TikTokとInstagramです。ただ、大学生が情報発信すれば、同年代の高校生や大学生に受けるのかというと、必ずしもそうではないのが難しいところです。情報のつくり方には、やはりノウハウが必要です。そのノウハウの部分を、私の知識や、私が会社員時代に作ったネットワークを活用して教えているところです。
畑山:「バズらせる方法」の伝授や、話題づくりもですか? 「炎上」したりしませんか?
西山:そうですね。炎上に関しては非常に難しいところです。SNS の時代では、ある方向に転ぶと炎上するし、ある方向に転ぶと称賛される。裏表の関係なんですよね。情報を発信し、それが目立つと、どうしても叩く声も出てきてしまう。うまく批判を回避しながら良い話題をつくっていくためのバランスを考えなければ、というところですね。
畑山:例えば企業がSNSで炎上してしまった時、どうアドバイスしていましたか。
西山:SNSで炎上したから「まずい!」となりがちですが、それも厳密に言えば、人と人とのコミュニケーション。何か間違ったことをやっていないかという原点に戻って考えるべきです。自分が人間として言ってはならないことを言っていないか、また、リアルに存在している相手に対して直接言っても良いことなのか、と省みなければいけません。「炎上したらすぐ取り下げて、謝りなさい」ではなく、人として間違ったことをやっていないか。そこに立って考えるべきだというのが基本です。
畑山:西山先生は現在、コメンテーターとしてテレビに出演されたり、雑誌に記事を執筆されたりしています。取り扱っているトピックについて視聴者?読者が理解しているか保証がない中でコメントを発さなければならない。ハレーションも起きるだろうと予想するのですが、コメントする上での難しさやコツなどはあるのでしょうか。
西山:そこは先ほどの「ソーシャルリスニング」の経験が役立っています。テレビが特にそうなのですが、難しい言葉を使わないようにしています。共演者や視聴者がどこまで理解しているかを踏まえて発言しないと、誤解されたり、理解されなかったりするんです。「相手はここまで理解しているだろう」と思わずに話すよう心がけています。
例えば、経営学の専門家だと、「ガバナンス」「コンプライアンス」といった言葉を使いがちですが、そうは言わずに「企業を健全に運営していくために」と、言い換える。情報が不足していると感じたら、話題の背景を言い足すこともあります。
そして、「できるだけ人を批判しない」のが私の信条です。そうせざるを得ない時は、根拠を持った上で批判し、「どうしたら良くなるか」までをセットで提案するようにしています。リスクマネジメントの専門家として炎上対策をしてきましたが、「良くなるために何をしなければならないか」を付言することを常に心がけています。
畑山:求められる意見やコメントは常に、英語で言うところの「コントラバーシャル(controversial、「論争の的になる」「物議を醸す」)。最初からバイアスがかかるなかでの発言は大変かなと思います。
西山:そうですね。一方で、コントラバーシャルのところにちゃんと入り込むのが、自分のポイントだとも思うんです。「ここが議論になっているけど、本質はこうじゃないか?」と。メディアでもSNSでも騒がれるトピックにこそ、自分のニーズがあるだろうと思って、敢えて突っ込みます。
時代に即した学びと
時代を超えて生かされる学びを授けたい
畑山:「SNSネイティブ」である学生たちのネットリテラシーは、どう育てていくのが望ましいですか。
西山:学問の世界と世の中の言論のトレンドって、スピード感が違っていて、SNSの世界では真偽のわからないさまざまなことが語られている。その真偽をちゃんと検証しようとすると時間がかかって、検証できた頃にはもうトレンドが過ぎ去っているという問題があります。そんな中でも、「これって違うんじゃないの?」と立ち止まって考える「クリティカルシンキング」のスキルを持ってもらいたいと思っています。
畑山:「アカデミックリテラシー」という授業が桜美林大学にはありますね。
西山:はい。事実を積み上げていき、そこから結論を導いていくという発想です。その発想を身につけていれば、SNSに出てくる有象無象のものを容易に信じたりはしないはず。大学でしっかり身につけてほしいです。
今の学生は、SNS空間に晒され、どこで何が起こるかわかりません。被害者にも加害者にもなる可能性がある。状況を正しく判断できずに、入ってきた情報を信じ込んで、他者を誹謗中傷してしまうことも起こり得るのです。そこにはリテラシーが重要だし、アカデミックな世界にも結びつくわけですよね。学問的な探求と、世の中で起きている現象を正しく把握し適正に判断することって、絶対結びつく話なんです。誰もが情報発信できる時代だからこそ、受信?発信する情報に対しリテラシーを持つべきです。
ただ、炎上して叩かれるのがイヤだから何も発信しないのと、叩かれるかもしれないけど、気をつけながら発信していくのとでは、後者が正しい考え方だと私は思います。
畑山:今後のご自分のキャリアや、教育研究についての展望は。
西山:広告やマーケティングの世界って、スピードがとても速いんです。そこにAIが出てきてさらにガラッと様変わりしています。私の授業は、資料を常に更新しないと古くなってしまうので、毎年作り替えなければなりません。「大変だな」とは感じますが、それをやらないと、今の学生に受けるものができない。歳を取っても常にアップデートし続けていくことは一つ、課題としてあります。
もう一つ。とはいえ、「時代についていくこと」だけが大学教育の目的ではありません。学生たちが卒業後、30、40年とキャリアを積んでいくなかで、時代が変わっても通用する学びが大切です。それでは桜美林で4年間学ぶことで、どんなものを得てもらえるだろうか。その矛盾するような二つのことを一致させて教育に反映していきたい。壮大で、簡単には解決できない話ですが、そんなことを考えています。
※本コンテンツに記載されているサービス名、商品名は、各社の商標または登録商標です。
※この取材は2025年10月に行われたものです。
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